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岡山地方裁判所 昭和35年(ヨ)19号 判決 1960年7月27日

申請人 柳生弥三郎

被申請人 日硅産業株式会社

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

申請人訴訟代理人は被申請人は別紙目録記載の鉱区において石灰石及びこれと同種の鉱床中に存する他の鉱物を掘採し及び取得してはならない。被申請人の別紙目録記載の鉱区に対する占有を解いて申請人の委任する岡山地方裁判所に所属する執行吏にこれが保管を命ずる。執行吏は前項の命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。訴訟費用は被申請人の負担とする。との判決を求め、その理由として次のように述べた。

申請人は昭和二九年一月一六日に申請外西村正日と共同して石灰石の掘採、加工および販売の事業を営むことを約し、申請人は別紙目録記載の鉱区に対する採掘権を、西村は金五〇万円を各出資することと定めた。ついで同年二月二五日に申請人は右共同事業経営の便宜のため本件採掘権の名義を西村に移転することを約し、同人は同年四月七日付で本件採掘権の移転登録をうけた。然るに同人は右組合契約に違反して同年九月一三日申請人を除外して日本硅質石灰鉱業有限会社を設立し、本件採掘権を使用して石灰石の掘採、加工および販売の事業を始めた。そのために組合は事業をなすことができなくなつたので申請人は採掘権移転契約を解除した。そこで西村は申請人に対して本件採掘権返還義務を負うに至つたが同人はその義務を履行しないので、申請人は西村を被告として岡山地方裁判所に採掘権取得登録抹消登録手続および履行遅滞による損害賠償を請求して訴を提起している。申請人の取得した損害賠償債権は申請人が本件採掘権を使用して得べかりし利益であつて、組合が解散した昭和二九年九月一三日から昭和三三年一〇月六日までの間において金一、七五五、〇〇〇円となる。ところが西村は、他に見るべき財産がなく、申請人の右損害賠償債権を害することを知りながら、昭和三四年八月一八日被申請人に対し本件採掘権を譲渡し移転登録をしたので、申請人は右損害賠償債権を基本債権として西村と被申請人との間の右採掘権譲渡行為を詐害行為として取消すべく岡山地方裁判所に訴を提起している。申請人は先に右詐害行為取消権に基く、被申請人に対する本件採掘権移転禁止の仮処分を認可された。しかし被申請人は現在該鉱区において盛んに石灰石を掘採している。もともと本件鉱区の石灰石の実収量は七五、〇〇〇屯と評価されているが、該鉱区には墓地、人家、社寺、道路等の障害物があつて事実上掘採可能な鉱量は二〇、〇〇〇屯以下であると思われるのに、現在まで既に三、二〇〇屯が掘採されており、掘採が進むに従つて屯あたりの経費が増加し、現在では、一、二〇〇円乃至一、五〇〇円となり昭和二八年ころに較べて約四倍ないし五倍となつている。このような事情のもとに被申請人に本件鉱区の掘採を許すことは該採掘権の価額を著るしく低下せしめ、たとえ申請人が詐害行為取消の本訴において勝訴するももはやその損害を償いえないものとなる恐れがある。そこで申請人は被申請人の該鉱区における石灰石の掘採及び取得を禁止する命令を求めるため本申請に及んだ次第である。

被申請人訴訟代理人は、申請人の申請を却下する、訴訟費用は申請人の負担とするとの判決を求め、答弁として次のように述べた。

申請人と申請外西村正日との間に申請人の主張するような組合契約がなされたこと、西村が申請人から本件採掘権の移転登録をうけたこと、同人が昭和二九年九月一三日申請人を除外して日本硅質石灰鉱業有限会社を設立し本件採掘権を使用して石灰石の掘採なびに加工、販売の事業を始めたこと、申請人から西村に対し採掘権取得登録抹消登録手続および損害賠償を請求して訴が提起されていること、被申請人が申請人主張の日に西村から本件採掘権の移転登録をうけたこと、申請人から被申請人に対し詐害行為取消の訴訟がなされていること。本件採掘鉱業権について処分禁止の仮処分決定があつたことはこれを認めるがその余の申請人主張事実はすべて否認する。西村が申請人から採掘権の名義を譲りうけたのは組合事業経営の便宜のためではなく通常の譲渡をうけたものであり、西村が申請人を除外して事業を始めたのは申請人が勝手に脱退したからである。

疎明として、申請人訴訟代理人は甲第一ないし四八号証、第四九号証の一、二を提出し、証人国司律一、同坂本相壬の各証言及び申請人本人訊問の結果を援用し乙第一ないし六号証の各成立を認め、被申請人訴訟代理人は乙第一ないし六号証を提出し、証人西村正日の証言を援用し、甲第一ないし三号証、第一三ないし一五号証、第一九ないし二六号証、第二八ないし三四号証、第三六ないし四四号証、第四七号証の成立を認め、甲第四、八、九、一〇各号証原本の存在は認めるもその成立は不知、甲第五ないし七号証、第一一、一二号証、第一六ないし一八号証、第二七、第三五号証は原本の存在及び成立を認め、甲第四五号証は後からの記入部分を除き印刷部分のみ成立を認め、甲第四六、四八、四九の一、二号証は不知と述べた。

理由

職権を以て本申請の適否について判断する。

申請人が昭和三二年一二月一七日被申請人を相手取つて当裁判所に対し、本件仮処分申請と同一被保全権利につき同一訴訟を本案として、本件鉱業権の処分禁止に加えて本件申請と同一趣旨の処分を求める仮処分申請をなし、これに対し昭和三五年一月二九日右鉱業権の処分禁止を命じると共に、申請人のその余の申請については仮処分の必要性を欠くものとしてこれを却下する旨の決定がなされたことは当裁判所に顕著な事実である。(甲第四一、四二、四七号各証参照)

ところで、仮処分申請を却下する決定に対しては、これを争う利益のある限り(原則として本案判決確定に至るまでその利益があるであろう)通常抗告の方法により何時でも不服申立ができるのであり、該抗告審において主張を追加補充し又は疏明を強化することも許されるのであるから、仮処分申請却下決定に対して抗告をなさずして更に同一仮処分申請をなすことは、これを訴の利益という点から見ても、また法的安定並びに訴訟経済という点から見ても到底許し得ないものと解すべきである。その成法上の根拠としては民事訴訟法第二三一条の二重訴訟禁止にこれを求め得るが、右の場合前申請が決定告知後においてもそのまゝの状態で訴訟繋属中といえるか又は抗告提起をまつてはじめて訴訟繋属の状態になるかの議論はさておき、いずれにせよ前申請に対する決定は未確定の状態に在るのであるから、前記の実質的観点からして同条の準用を肯定すべきものと考える。尤も、申請人が後の申請において仮処分の必要性につき全く別個の事由(前決定後新たに生じた事情を加えて別個の事由として主張する場合も含まれる)を主張する場合には、かゝる場合でも抗告により目的を達し得ることは勿論であるにしても、なお訴訟物の特殊性と審級の利益の点からこれを別個の仮処分申請と扱うことも可能であるように考えられるが、単に同一主張を補充し又は疏明を強化したところで申請の同一性に消長を来すものとは解し得ない。

飜つて本件申請について考えるに、本件申請が、さきに却下せられた仮処分申請部分につき、何等新たな必要性を主張することなく単に前申請における必要性の主張を敷愆し且つ疏明を強化したものにとどまることはその主張自体に照らして明白であるから、本件申請は二重申請であり、民事訴訟法第二三一条により不適法として却下を免れない。

よつて、本件申請はその実体につき判断するまでもなく不適法としてこれを却下することゝし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 伊藤俊光 森岡茂)

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